宿泊事業者への宿泊料金の未払いが問題となっている世界最大級の宿泊予約サイト「ブッキングドットコム(Booking.com)」。未払いが続いている事業者団体による集団訴訟が2023年10月20日、東京地裁に提起された。日本法人であるブッキング・ドットコム・ジャパン株式会社は声明を発表し急遽、救済に向けた窓口を設置。支払い状況は徐々に改善されつつある。
はじめまして。民泊ドットコム編集長の中山達郎です。
古参の民泊事業者としてかなり長い時間を民泊の研究に費やしており、このコラムでは皆さまにとって気になる民泊ニュースやちょっとした民泊運営ノウハウを「民泊プチ専門家」として解説・発信していきたいと思います。これからよろしくお願いします。
そもそも、OTAの支払い遅延はそこまで珍しいことじゃない。
さて、今回取り上げるのは宿泊予約サイト(OTA)最大手のBooking.comの未払い問題についてです。(OTAとは、インターネット上のみで取引を行う旅行会社のことです。Online Travel Agentの頭文字の略。)
宿泊事業者の枠を超えて何かと話題になってしまっているブッキングドットコムの未払い問題。ブッキングドットコムは民泊ドットコムと似た文字列ではあるので個人的に親近感は沸きますが(?)、一連の報道は宿泊施設オーナー/運営事業者を不安にさせるとても残念なニュースです。ただ、民泊を長く運営してきた事業者なら理解できると思いますが、OTAの支払い遅延は昔からよくある出来事でした。私たちも民泊事業を始めた当時は、急にOTAから一部宿泊料金の入金がされず不安になった時期もよくありましたし、未払いが発生してからしばらく経って、サポートに連絡した途端に振り込まれるなど「おい、忘れてただろ!」とツッコみたくなる気持ちをぐっと我慢したこともありました。(因みに、未払いが発生していたOTAはAirbnbです。当時はAirbnbでさえ支払い遅延は頻繁に見られました。)
決済プラットフォームの普及と海外ー国内銀行間の送金ネットワークの整備により、今でこそ支払い遅延に遭遇する確率は減ってきましたが、今回の未払い問題は単にシステム的な問題だけが原因とは言えません。
OTAの日本法人は何のためにあるのか
このBooking.comの支払い問題、特に矢面に立たされているのはBooking.comの日本法人、Booking.com Japan株式会社です。大手外資系OTAについては、本社は会社を設立した国、支社をリージョナルオフィスとして各国に配置するのが一般的です。各地域に配置された支社の機能とはどのようなものなのでしょうか?
Booking.comの場合、支社設立の理由は主要地域にカスタマーサポートを構え地域のタイムゾーンにあった応対を目指す傾向があるのが特徴です。日本法人も設立時はゲスト/宿泊事業者間のトラブル応対の窓口としての役割が大きな比重を占めており、日本法人スタッフの大半がカスタマーサポートのオペレーターとして採用されていました。また、近年のインバウンド需要の回復を受け、宿泊施設のBooking.comへの登録と管理をサポートする、いわゆる「アカウントマネージメント」もOTA支社のメイン業務の一つとなっています。
アカウントマネージメントはOTAプラットフォームのシステムを統括する本社(海外)と宿泊施設(国内)との間にシステムトラブルが発生した際、両者と円滑なコミュニケーションを仲介し、ソリューションを構築する重要な役割を担っています。しかし、言い換えれば日本法人にはシステムトラブルを独自で解決する能力はあまりないということです。さらにその中でも「宿泊料金の送金におけるシステム=金融・決済プラットフォーム」は海外にある本社または決済専業の法人が一括で管理することが多く、いかに重要なケースであっても海外案件である限り支払対応は遅れることになります。日本法人として支社が存在するのに未払いの迅速な対応ができない理由は、この部分にあります。※ただし、2023年11月初旬の時点で未払い案件への手動送金を実施し始めたため、今回の未払い問題は終息しつつあります。
副業の宿泊事業者ならまだしも、本業の事業者から見ればこの問題はタイミングによっては死活問題になります。しかし、非常に残念ですがBooking.com程のボリュームになったOTAは、オーナーや運営会社が心血を注ぎ育ててきた宿泊施設を「ひとつのリスティングデータ」として判断する傾向が増えてきています。OTAにとって1件毎の利益率が低い民泊は特にその扱いを軽視されがちです。OTAには宿泊施設への向き合い方を改めて考えていく必要があるのではないでしょうか。
未払い、支払い遅延に個々で対応するためには
OTAの未払いや支払い遅延に対応していくためには何が必要なのでしょうか?
もちろん、OTAの抱える決済プラットフォーム上の重大なエラーと決済フローの改善が何よりも優先されるべきです。しかしながら、同タイミングで話題になった「全銀システムによる銀行間決済トラブル」のように、現在のネットワーク社会において回避しようのないシステムトラブルは存在します。
そこで民泊事業者がまず実施しなくてはならないのは、OTAを複数社利用することによる未払いリスクの分散やOTAそれぞれの決済プラットフォームを理解し、相性の良い受け取り銀行口座を設ける等、未払いリスクへの細かな対策を事業者ベース(民泊事業者側)で実施することです。特に後者(銀行の選別)は一連の問題で大きく取り上げられていませんが、実際に決済プラットフォームと相性の悪い国内銀行は存在しており、民泊業者側の不手際で送金が行われないパターンやカスタマーサポートとの応対時にブラックリスト入りし、OTA側が故意に送金を遅らせる事態も大いに想定できます。OTAが宿泊業者に向き合うことも重要ですが、宿泊業者がOTAと向き合うことも同時に重要です。
一度この機会に、自分が活用しているOTAについてじっくり調べてみてはいかがでしょうか?